つかんではなす

何かをつかんでははなしてしまう。そんな毎日を過ごしています。

映画感想「To young to die! 若くして死ぬ」

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途中でロックミュージックが始まったり、激しいパフォーマンスが始まったり。 映画としては新しいジャンルな気がする。(適当)

激しいロックやストーリー、キャラクターの気性などもあり、音声だけを聞いていても面白いなって感じた。 個人的には、ベースとかドラムとかの演奏している姿を見るのが好きなので、楽器を演奏するシーンは食い入るように見てた。 かっこいいね。 シシドカフカが頭振りながらドラムを激しく叩く姿は何度見てもかっこいい。

下ネタがところところ入っているのとか、演者さんが演技で笑いを取ろうとするところとかは、黒田勘九郎っぽくて笑えた。 何回、セッ●スって言うのよ笑

神木くんはやっぱりギャグと青春の中間みたいな作品にぴったりですなー。 青春くさい作品は、自分が青春をできなかったって思っている分、嫉妬心とかがあって見れないけど、神木くんが出ている作品は見てしまう。 少女漫画みたいなキラキラした青春じゃなくて、男子高校生らしい感じが出てくるから安心するのかも。 作品の中でも、修学旅行で女子風呂除いたり、好きな女の子を夜這いしたり、バスで隣の席に座ろうと画策したり、自分をアピールしようと自分を誇張表現というかよく見せようとしたり。 好きだけど好きっていえないよ、みたいな恋愛作品は歯痒くて苦手だけど、お笑い芸人の恋愛ギャグネタ帳みたいな作品は好き。 心の葛藤とかじゃなくて、自分で行動して成功していこうとする感じがする。 そういう悪あがきするって演技をする神木くんが、きっと私のツボなんだろうなー。

地獄のカオスに対して、天国のもの寂しさはちょっと心に響いた。 地獄から天国に行った瞬間、いきなり視界がクリアになるんだもん。 きっとこの映像を映画館で見たら、目も頭もチカチカしてたんだろうな。 飛行機のファーストクラス席みたいな和式便器にみんなそれぞれ入って、輪廻転生できるときまで自分の好きなように時間を潰す感じ。 ただし静かじゃないといけないのだけれど。 これもこれでカオスだな。 関が白いアコスティックギター持って、近藤の曲を演奏するシーンは、カオスがまさってイマイチ感動しなかったなー。 死神の心には響いたみたいだけども。 死神以外の人たちの心には響かないのかーいって思ってしまった。 あれだけ関自身も評価して、静かな空間で一人演奏して、天国の役員とも戦って、いろんな人に聞かせたのに死神以外は無反応。 でもしっかりと死神には届いているから、それで満足した関はスーサイド。って。 んー、7回輪廻転生したのに、それでいいのかい関くん。 普通は頭がおかしくなるから記憶をなくして輪廻転生するんだぞ関くん。 あ、頭おかしくなって頭のネジがゆるゆるになっちゃったっていうフラグ回収かい関くん?

映画の映像として見せるような場面はあまりなかった気はする。 情景の美しさとか、一枚絵として記憶に残るような印象とかとか。

16歳は特別な年齢なんですかね。 眠れる森の美女のオーロラが呪いによって眠りについてのも16歳。 最近、ハマっているゲームの監督生の年齢も16歳。 盗んだんバイクで走り出したのは…15歳か。 まあ、いい。やっぱり15,16歳はなんか特別な年代な気がしてしまう。

僕が16歳のときは、真面目に勉強して、アニメ見て、小説読んで、バスケしてたな。 全く青春っぽいことした記憶がないなって思ったけど、文字面見たら、勉強とバスケが入ってる。 割と青春っぽくないか?

映画感想「きっと、うまくいく」

日の出の勢いで躍進するインドの未来を担うエリート軍団を輩出する、超難関理系大学ICE。エンジニアを目指す天才が競い合うキャンパスで、型破りな自由人のランチョー、機械より動物好きなファルハーン、なんでも神頼みの苦学生ラジューの“三バカトリオ”が、鬼学長を激怒させ、珍騒動を巻き起こす。 抱腹絶倒の学園コメディに見せつつ、行方不明のランチョーを探すミステリー仕立ての“10年後”が同時進行。根底に流れるのは学歴競争。加熱するインドの教育問題に一石を投じ、真に“今を生きる”ことを問いかける万国普遍のテーマ。(C)Vidhu Vinod Chopra Production 2009.All rights reserved <きっと、うまくいく(字幕版) - amazon prime video>

友人の勧めで見てみました。

インド映画って、いきなり踊り出したり、歌い出したり、よくわからないテンションでストーリーが進んでいくし、で私にはついていけなくて面白くないだろうな、という先入観を持ってた。 けど、違ったわ。 普通に面白かった。 なんだったらもう一度みたいレベル。 上映は3時間なのにもう一度みたい。 それくらい面白かったよ。

pdflatex + CJK をどうしてもやりたかった

latexで画像を貼るとき、何度もコンパイルしてみて画像のサイズを調整をするのは面倒です。 また、画像の大きさを微調整しながら、具体的な数値をbondingboxで指定するのもなんとなく嫌だなーって思ってました。

\textwidthを駆使して画像の横幅をテキストの横幅に合わせて自動調整してくれるような記法がありまして、これ便利で好き。ファイル形式も指定しなくていいところも好き。

\includegraphics[width=0.8\textwidth,height=\textheight,keepaspectratio]{file}

keepaspectratioで画像の縦横比固定です。

このkeepaspectratioやファイル形式未指定は、platexlatexでは使えず、pdflatexでないといけないらしいのです。 しかし、pdflatexは日本語未対応なのです。

そこで、pdflatexを日本語対応させるために必要なパッケージがCJKパッケージなのであります。

以下がサンプルコード。

% encoded in UTF-8
\documentclass[a5paper]{article}

% パッケージ読み込み
\usepackage{CJKutf8} %CJKパッケージ
\usepackage{graphicx} %figureパッケージ

\begin{document}

   gazo is image. 

   %begin: 個々の和文箇所を CJK 環境で囲む。
   \begin{CJK}{UTF8}{ipxm}
      画像はイメージです。
   \end{CJK})
   %end-------------------------

   \begin{figure}[位置指定]
      \includegraphics[width=0.8\textwidth,height=\textheight,keepaspectratio]{file}
   \end{figure}

\end{document}

<ipxm>は、「IPAex 明朝」フォント(CJK用)のファミリです。 自分の好きなフォントに変えてね。

これでできた!

参考

https://qiita.com/zr_tex8r/items/cdaac1500718eb9fa330

「国の借金」とは?

国会議員さん、めっちゃもらってますねー。 その金額分の大層な負担とか責任とかを持って、国民全員が幸せになれる国家になるよう勤めていただきたい。 まずはこうやって様々なところから攻撃されないくらいの働きをね。

このツイートのリプにあった「国の借金」について、何なのか知らなかったので調べてみました。

「国の借金」とは?

  • 「日本政府」(債務者)が「日本国民」(債権者)に借りている借金のこと。
  • 日本国民から借用している国債国債及び借入金並びに政府保証債務現在高)のこと。

「国の借金」は、政府の借金(国債)、金融機関の借金、非金融機関の借金、民間の家計、etc... で構成されるらしいのです。 ですが、一般的に使われる「国の借金」というのは、上記の「日本政府が日本国民に借りている借金」に該当する。 国の借金の94%は「日本政府が日本国民に借りている借金」、ということなのでそう言われても仕方がない。

日本は財政危機にならないのか?

2010年、ギリシャは財政危機になりましたね。 銀行からお金もおろせない状況。 キャッシュレス化が推奨されているし、ほとんどの資産を銀行に預けるようになっているしで、銀行に預けているお金が使えなくなってしまったら、今日の生活もままならない。 ギリシャと同じ状況になったら恐ろしいかぎりだ。

日本政府の借金も増加傾向にあるので、「ギリシャと同じ状況にならないか?」というところが不安だ。

状況整理...

ギリシャの場合

国債の多くが、高金利な他国からの国債である。他国からの国債が高金利なのは、返済時に両替が必要になるため。

日本の場合

国債の多くが、低い金利な国民からの国債である。国民からの国債が低金利なのは、返済時に両替が不要なため、かつ国民と政府は家計が同じなので無闇に金利を上げられないため。 また、日本政府は実質資産(土地や建物など)をたくさん持っているので、いざと財政危機に陥るぞというときに現金化してその資金を国債の返済に当てられる。

だから、日本政府はギリシャ政府のような財政危機には、いまだ陥らないわけだ。 こんなに国債を抱えて財政危機ではないとは言い難いけどね。

国の借金1062兆円 「国民1人当たり837万円」の誤解 | ZUU online


追記(2020/4/15)

twitterで 「#財政赤字は国民黒字」 ってタグを見つけた。 確かに。

この動画も参考になった。

作業を始めようと思ったらアイツが襲ってくる

こういうことよくあります。 そう、アイツです。アイツが私の作業の進行を妨害するんです。

アイツアイツと誤魔化すのは、そろそろやめましょうかね。 アイツとは「眠気」ですね。

眠気が出てくると、寝るかTwitterを見るか以外の選択肢が立たれてしまうので(私の場合は)、困ったものです。 そこで今回は、睡魔の対処法をまとめようかと思います。

眠気対処法

仕事初めの眠気は、単純なタスクで対処

まだ準備のできていない頭には、昨日できなかった仕事から再開するというのに実に難しいことでしょう。だって、昨日はどこまでやって、残っているタスクを思い出して、それと同時に脳が「仕方ないから働くか」と動きだすわけです。こりゃ大変だ。

昼食後の眠気は、昼寝で対処

ご飯を食べ血糖値が上がりしばらくすると急降下し始める、仕事をする上ではこれってめちゃくちゃ困ることです。だって眠気とのバトルを招くわけですから。もうこうなったら寝るしかない!よし寝よう!でも仮眠は10分くらいにしましょうか。そうすれば、午後からの仕事もすっきりできる!

オタクと現実

はじめに

私はいわゆるオタクである。 お前なんてオタクなんかじゃないという議論をよく目にしますが、自分としてはオタクの心を持っていると思っているので、この意見は否定されても揺るがない。 大人になっていくオタクは誰しも悩むとは思う、趣味と社会的地位。 まさに私もそれに悩まれる日々を送っているのです。

そういうことなので、考えを整理する意味も込めて、記事を書いていこうかなと思います。

趣味と社会的地位

趣味...とは? 私にとっての「趣味」は、アニメや漫画、それに付随するコンテンツに触れることである。 もっと具体的に言うと、二次創作や創作が好物なので、そういったコンテンツを1人静かに漁ること。 前回の記事に倣うのであれば、ひたすらインプットあるのみである。 たまにアウトプットしてみようと思い、こういってテキストに書き起こすこともあるが、基本的にオタクコンテンツのインプットの時間を過ごしている

じゃあ、社会的地位...とは? この質問に応えるのは結構難しいと感じている。 なぜかというと今だ半社会人であるため。 そんな私なりに仮の答えを出すとするならば、自分の知識や能力、特性を活かしつつアウトプットをすること、かな。

ところがどっこい自分の趣味とこれからの社会的地位を考えてみると、あら不思議。全然かみ合わない。 オタク趣味は私の将来の社会的趣味(インフラエンジニア)とはかみ合わないわけです。 趣味と社会的地位が捻じれてて、私を悩ませるわ~。

ねじれる現実に生きるオタク

社会的地位って結構変えにくいでしょ。変えるのにもそれなりに勇気が必要で、なかなか変えられないと思っている。 だから趣味を変えようと思いたち、行動を起こしてみるものの、趣味もそう簡単には変わるわけがないんです。

現在はこの捻じれを解消するべく、趣味を優先して社会的地位を築く方法はないかと模索をしている段階ではある。 しかし、アウトプットを怠りインプットばかりをしてきたオタクにはなかなか堪えるものが多い。 今現在も考え中です。現実でも生きやすいオタク代表として成長できるよう努力していきたいと思いました。

この記事を読んでくれた人への教訓としては、こんな感じでしょうか。

  • 趣味で妥協するな
  • インプットばっかりしてんじゃねーぞ
  • 趣味を考えた社会的地位を築けよ

「自分を操る超集中力」読みました。

DaiGoの超集中力を読んで影響を受けた

DaiGoさんのインプットとアウトプット

彼は集中力を向上させるために、メンタリストや心理学の知識を活かしたアプローチ方法を要点を絞って説明していた。 その中で、そういった本題とは別に、彼の生活が気になっていた。 生活を主に、インプット、アウトプット、復習、の3つの時間に分けているようだと感じた。 インプットは新しい知識を得ること、復習は今日得た知識を反芻して習得することだと分かった。 じゃあ、アウトプットってなんだろ?DaiGoのアウトプットは演説をしたり執筆活動をすることである。 では大学院生の私にとってのアウトプットってなんだろう?社会人になったときに社会人の私のアウトプットはなんだろうか?

大学院生のインプットとアウトプット

それを考えるにあたってまずは、私のインプットについて考えてみた。 そもそも、インプットってなんだ? それは本の中では明確に述べれていないと記憶しているが、アウトプットのために必要な知識を得ることだと考える。 じゃあ私のインプット、つまりアウトプットのために新しい知識を身に付けることとは、研究テーマに沿った論文を書き上げたり実験を実施するために必要な知識を身に付けることだ。 なんだそんな簡単なことか、と思った。けれど自分を振り返ってみてそれができているかと思いなおせば、そうではない。 実験をするためのプログラムができないことに悩まされ調べながら模索して書いていく。よくわからないけど動いたからいいかと喜ぶ。 なんて非効率。きっと前提知識を持っていれば、あのエラーも1日もかからずに解決できたし、あの無駄な1週間もなかったはず。 なるほどなるほど。アウトプットにばかり目が奪わらるあまり、インプットをおろそかにしていた。そのせいでアウトプットをつくろうとするときに非効率極まりない行動をしていた。 全くの悪循環だった。

感想

これからの私はどうあるべきか。そう思う。 アウトプットは明確。目標としてもっとわかりやすくするために細かいステップにしていって、 午前中にはそれを達成するための読み物を読み漁り、午後にはそれを活かした行動を行っていこう。 そう思うのです。 大学院生活もあと少し。社会人になれば自分の生活を変えていける時間が少なくなるかもしれない。 生きる楽しみを見つけるため、どう生きていくのか知り考えていきたいと思う。


参考